朔→
「髪切るの? だったらここにしなよ。俺の担当、紹介してあげる」
香月に行き付けの美容院を薦められ、篠原はいい加減ボサついてきた頭をなんとかしにやってきた。
「大ちゃんの友達? 聞いてるよ」
若い変なパーマの男が篠原につく。彼のセットは誰がしているのだろうか。
「大みたいな感じで……」
加藤と名乗った美容師は、篠原の髪を一束つかみ、首を振る。
「大ちゃんとは全然髪質も違うし、顔立ちも柔らかいから、似合わないよ」
明らかに香月と同年代と思われている。
「とにかく、短く……」
「任せて」
ただすっきりしたいだけなのに、毛先を巻かれたり、温風をかけられたり、不安になるが、ノリノリの加藤にとりあえずゆだねることにする。途中、自慢話ともくどき文句ともつかぬ話題で、ひっきりなしに話しかけられる。
「どう?」
って、言われても……
相変わらず髪は顔にかかったままで、緩やかなウェーブの縁取りが加わった。
「すごくかわいくなったねー」
加藤は満足そうにクロスを外す。立ち上がるときに尻をもまれたが、あえてそれには触れずに、勘定を済ませ店を出た。
「うわ、なんつーか……」
「フェミニン?」
「そう、それ」
「かわいいなー」
オフィスで口々にはやしたてられ、篠原はうっとうしそうに頭を振った。ぶんぶんと右に左にふくらみ、動きを止めると元の形に落ち着く。
「さすが、サスーンクオリティー」
「なにそれ」
加藤の腕が確かだということは証明された。
「どこのお嬢さまかと思ったよ」
堀田にも声をかけられ、ジュースの缶を手に篠原はうんざりと振り向いた。
「せっかくスケベおやじにさわられないように切りに行ったのにな」
堀田が見透かしたように笑う。
「うっとうしかったから、短くしたかっただけ」
「俺が切り直してやろうか?」
「あんたといると、鉄郎に誤解されるからいい」
「ただの友達だろ? いや、違うな、直樹にとって俺は、父親か」
「それ、笑えない」
篠原が目をそらす。
「思い出したくないのか」
「まーね」
「俺でやり直したくない?」
つい、髪に手が伸びる。
「今更、いーよ、どうでも」
篠原が首をすくめる。
「でもまだ怖いんだろ」
「どーかなーでもまあ、墓から戻ってくることはないんだし」
「俺で克服しとけよ」
堀田が優しく髪をなでる。
「そんな年変わんないじゃん」
「でも、ジジくさいんだろ?」
「ひゃひゃっ」
「優しい中年男もいるって、体で覚えてだなあ」
「その表現、やらしー」
「やらしいけど、やさしいぜ」
「ますます、あやしー」
「お前が嫌がることはしないからさ」
「鉄郎がいるからいいよ」
微笑んでみせる。
「俺以上にやらしーじいさんに手出されたときに足がすくむようじゃ、鉄郎も安心できないだろ」
「なんでそんなこと……」
「分かるよ。お前の中には恐怖と愛情が同時に刷り込まれてんだよ。だから、うまく抵抗できない」
自信たっぷりに言われ、居心地悪く、缶をなでる。
「だとしても、あんたで治せるわけ?」
「言っただろ、俺って優しいからさ、恐怖だけ溶かしてやるよ。鉄郎には無理だぜ、なんたって若いからな、愛情がうまくコントロールできない」
「鉄郎は優しいよ」
「でもときどき、暴走するだろ」
「別にいいんだよ」
「そうやって許してるから、他の奴も引き寄せちまうんだよ」
押し黙った篠原を見て、話題を変える。
「こっちに流して、耳に掛けろよ」
「うん」
「意外といいだろ?」
「まあな」
そのまま、篠原の小さな頭をすっぽりと包み込む。篠原が焦点の会わない瞳で見上げる。
「キス、したくなるな」
「なんで」
「スケベおやじだから」
「ひゃひゃひゃ」
笑いながら堀田の手首をつかみ、そっと抜け出た。
「次はほんとにするからな」
「次はないよ」
「いいんだよ、想像するだけで幸せだから、オジサンは」
堀田の広い背中を頼もしく見送りながら、篠原は缶に口をつけた。
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学祭小話:sugar moon