『文化研究会』
大げさな名前をつけたものだ。
この手書きのプレートを目にするのにも慣れた今日このごろ。山沢要は戸を開ける前に、ふうーっとため息をついた。これを書いたのは部長の遠野大和、昨年この部をつくったのも、大和と、友人の水谷修史だった。今年になって1年の要が入部し、部員は合計3人になった。
活動内容は、本を読んだり、漫画を読んだり、ゲームをしたり……あるときは、俳句しりとりなるものをした。季語を入れないと負け。季節をそのまま言っても負け。つまりは、放課後を部室で好き勝手に過ごしているだけである。暇つぶし同好会とでも名づけた方がよかったかもしれない。
今日も、扉の内側では、大和がダラダラとした姿勢で雑誌をめくっていた。
「お前の雑誌、読むとこないな」
「そうか?」
水谷が、つまらなそうな大和の背後からのぞき込む。
「これなんかイイと思うけど」
特集ページを指差す。
「モテる男、大研究?」
「お前も、彼女の一人や二人、ほしいだろ」
「1人いればいいよ。別にモテなくても」
「その1人すらいないくせに」
彼女が一人や二人ではない水谷が言う。
「まあそうだけど。それにしても、本当に人類は進化してるのかね」
大和は気にせず、淡々と続ける。
「産業の中心はセックスだもんな。動物としての本能に立ち返ってるように見えるけど」
「本能って?」
「種の保存。性欲っつーのは、子孫を残さなきゃっていう、本能だろ? みんな生殖行為に躍起になって。そんなに危機的状況なのか」
「お前が言うと、身もふたもない感じだな。別に子供をつくるためだけにセックスするわけじゃないだろ。一時の快楽とか。むしろ過程が目的になってる。お前も試してみれば分かるよ」
本能に従うのも楽しいものだぜ、と水谷の眼鏡の奥の瞳が笑った。
「分かってるよ。俺にも性欲くらいあるんだから」
大和が雑誌を閉じた。
「そう簡単に言っちゃうと色気がないんだよな。せっかくきれいに生まれてきたのに、もったいない男だよ」
「色気? そんなもの、何の役に……」
大和の言葉は、途中でさえぎられた。
「……お前な、聞きたくないなら、そう言えよ」
「そんなんじゃないよ。大和がきれいだから、キスしたくなっただけさ」
水谷は涼しい顔で、ニヤッと笑った。
「へいへい」
「何、脱力してるんだ?」
水谷が話しかけたのは、意を決して戸を開けると2人のキスシーンに出くわしてしまって気の抜けた要だった。
「そんな理由で、こんな所で、そんなことしないでくださいよ」
「こいつは変態だからな」
大和が興味をなくした雑誌を水谷に押し返しながら答える。
「失礼な。俺は美しいものに対して賛辞を惜しまないだけだ」
堂々と言ってのける水谷。確かにそれはそうなのだろう。水谷は要には手を出さない。ばかにするだけだ。
大和はきれいな顔をしていた。シャープな骨格に、すらりとした体型。成績も良いのに、意外にもてないのは、変人だからだろう。水谷のからかいにも顔色を変えない。水谷は動じない大和が面白いのか、何かにつけて、ちょっかいをかける。そのため、2人はできているという噂で変態ベールがかかり、余計にもてなくなっていることに、大和は気づいているのだろうか。
「サンデー、買ってきた?」
多分気づいていないだろう大和が、要に手を差し出す。
「はい」
文化研究会における要の後輩としての仕事は、発売日に漫画雑誌を買ってくることである。それを3人で回し読み、高校生にもなってすることだろうか。しかし、大和にとっては、水谷のファッション誌よりもこちらの方がずっと文化的に感じられるらしく、早速開いて読み始めた。
水谷が大和の髪の毛をなでる。大和は、それをうっとうしそうに払いのける。
「要ちゃ〜ん、今日いいものもらったんじゃないの?」
水谷に意地悪く反撃されて、要はため息の理由を思い出した。
「なんで1年の試験スケジュールまで把握してるんですか」
要が恨めしげに『試験予定表』と書かれたプリントを取り出す。
「そうなの?」
全く関心のない大和は、やはり知らなかったようだ。
「そりゃ、デートの予定に関係してくるだろ」
それぞれの学年に彼女を持つ水谷が、当然と言いたげに答える。
「俺、マジでやばいんです、赤点。お願いします」
いくらパシリのような扱いでも、要がこの研究会をやめられない理由がこれだ。校内一二の成績を争う2人がいなければ、要は一生1年生かもしれない。
「赤点って、平均点の半分以下だろ? 取る奴いるんだねえ」
水谷が信じられないと言った口調で、大和を見た。
「お願いしますって、何だよ」
大和はうさんくさそうな顔をして頬杖をついた。
「だから、家庭教師……」
『やだ』
2人同時に早かった。
「勉強なんて、自分でやるもんだろ。人がいたからってどうなるもんでもないだろが」
大和が立ち上がって雑誌を片づけながら言った。
「自分でやってなんとかなるくらいなら、赤点なんか取ってませんよ。去年やったところでしょ、山張るだけでもいいですから」
「よくここの高校入れたねえ」
水谷はうれしそうに嫌味を言う。
「まあ、実力の伴わない奴ががむしゃらにラストスパートかけて受かって、入ってから落ちこぼれるなんて、よくあるケースだけど」
さらに追い打ちをかける。
「とにかく俺はだめ。言っただろ、俺には助けを求めてる1年の女の子がいっぱいいるわけ。お前なんかに関わってる暇はないの」
散々言いたいだけ言って、水谷はすげなく断った。
「そんな〜」
「大和に頼めよ。別にデートもないだろうし」
「こっちに振るなよ。俺は教えるとかそういうの苦手なんだよ。面倒だし」
自分が簡単に理解できてしまうことをかみ砕いて話すのは、大和にとってストレスのたまることだった。
「お願いします! 明日の昼飯おごります。夕飯も食べてってください。ほんと俺やばいんで、先輩の助けがないと、赤点確実です」
要は大和に焦点を絞って、必死に頼んだ。水谷は要が困るほど面白がるだけなので、押しに押してまだ脈があるのは大和の方だ。
「がんばれよ」
水谷は他人事のように言い残して、デートへと出かけていった。
「待てよ。こら! 離せ、要」
「お願い、見捨てないで!」
要は大和の腕をぎゅっと握りしめたまま、頼み続けた。
「……分かったよ」
逃げられなくなった大和は、要に何十回と頼まれて、渋々承諾した。
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炒飯とチーズケーキ