「何の違和感もないな」
水谷と大和が感心したように言う。
「何しにきたんですか」
要が不機嫌に睨む。
「練習見にきた。当日店番で来られないから」
「見なくていいですよ」
要は情けなくて、脱力する。
「遠野さんのクラスは何やるんですか」
「喫茶店」
「こいつはギャルソン」
水谷が大和を指差した。
「研究発表を壁にプレゼンしたギャラリーで茶が飲めるという…」
「お手軽かつ魅力の乏しい企画ですね」
「まあ、そんなもんだろ」
「学園祭でここまで力を入れるのは、お前らのクラスぐらいだよ」
「ふざけてるだけです」
要は悲しくなってきた。
「自分で言うなよ。見る人が見ればかわいいよ」
水谷が微妙に慰める。
「うん、姫っぽいオーラが出てる」
大和の言葉もうれしくない。
要のクラスは、なぜかおふざけに全力投球する傾向があって、演劇部でもないのにクラス劇。しかもファンタジーで、しかも配役は男女交換。見事、ヒロインのお姫様役を、満場一致で要が勝ち得たのだった。
ピンクのサテン生地でできた裾広がりのドレスに、縦ロールのかつら、天辺には大きなリボン。
「似合いすぎて、笑いにならないんじゃないの?」
大和が真面目に心配する。
「その辺分かってないよな。やっぱりあいつを主役にするべきだろう」
水谷が指差したのは、乳母役の柔道部副部長。
いや、分かってやっているのだ。女装で笑いをとるのは端役で、メインストーリーはシリアスラブロマンスに仕上げるというのが、実行委員の恐ろしい野望であった。姫を助ける王子役も、宝塚ばりの美女である。要よりも背が高い。
「あいつ、オトコマエだなー」
水谷が王子を発見してつぶやく。
「この芝居、どの辺を狙ってるわけ」
大和が首を傾げる。
「倒錯の美」とは、答えたくない。
「もちろん、笑いですよ、笑い。ハハハ」
泣き笑いで、姫は答えた。
「腹から声が出てるな」
客席で練習を眺めながら、大和が褒めたのは、男装の王子だった。
「演劇部だってさ。部の方では代役だけど、こっちでは主役だから、張り切ってるよな。それに比べて要ちゃんは、声までか細いねー」
「素人だから仕方ないけど、発声がなってないよな」
水谷に大和が同意する。
「それにしても、いつの時代も同じことを考える奴がいるもんだな」
「他人事みたいに言うなよ。1年のときのは、お前の発案だろ」
「まあな」
水谷が笑った。
「大和の女装は艶めかしくてよかったけど、要ちゃんじゃ、その気になれないな。お子様すぎて」
大和が渋い顔をする。
「そういや、あのときの芝居も、コンセプトが分かりづらかったな」
「大成功だったぜ。客席からため息がもれてた」
「笑いじゃなくて?」
「そう喜劇に固執するなよ」
「お前が真剣にやるほうがウケるって言うから、クソマジメに演じたのに、中途半端に『感動した!』とか泣きついてくる奴がいたじゃないか」
「その法則は間違ってないはずなんだけどね」
「鼻毛くらい描いておくべきだった」
「台無しじゃないか」
「お前、どこ目指してたんだ?」
「多分、こいつらと一緒なんだろうけど、要じゃなあ」
水谷は、実行委員の意図を正しく察していた。
「笑えないってか?」
「むしろ、笑いを目指した方がよかったのかもな」
「トゥーマッチなんだよな」
「うん、意外性がない」
二人の批評家が勝手な結論に落ち着いていたとき、ホールの扉が開いた。
「新堂さん!」
呼ばれて、舞台上の王子が振り向く。
「坂崎先輩が入院したって」
演劇部の坂崎が盲腸で入院したために、新堂に代役がまわってきた。その役というのが準主役で、最初から最後まで出突っ張りだと言う。クラス劇も主役で、しかもその二つは連続している。本番まで練習時間も足りない。両方こなすのは無理だろう。
「でも、うちの方が先に…」
実行委員の青山がむなしく言ってみたが、演劇部の主要キャストと、お遊びのクラス劇の王子役では比べるまでもない。
「ごめんなさい」
新堂の意思は決まっているようだった。
「王子役は台詞も多いし、今から覚えられる人なんて…」
「ここにいるよ」
客席の水谷が立ち上がる。
青山は顔を上げて、隣の大和を見る。皆の視線も大和に集中する。水谷が大和の腕を持って立たせたからだ。
「な、大和、お前なら、今見ていた芝居を一言一句過たずに再現できるはずだ」
「そんな特技あるかっ。それに雑談しててあまり聞いてなかっただろうが」
「でも、台本を読めば、覚えられるだろう?」
青山が持ち上げた分厚い台本を横目で見て、頷く。
「そりゃそうだけど、それは、お前もできるだろ」
「要ちゃんのピンチじゃないか、助けてやれよ」
実は、要はそんなにピンチじゃない。
「クラス違うのに、ありえないだろう」
学年も違う。
「いいえ! 客演ということで!」
青山が力強くおしてくる。
「唯一演劇部の新堂さんが抜けたら、この芝居グダグダになっちゃう」
本当のところをズバッと言われて、クラス全員が少しさびしい気分になった。
「いや、俺別に演劇部ってわけじゃないし」
「主役をはったことあるじゃないか」
ニヤニヤ笑いの水谷を睨む。
「それに、喫茶店が…」
「あんな店、誰も来ねーよ」
「お前、そんなタブーをザックリと」
「店番くらい誰かに代わってもらえよ。ギャルソンより王子だろう」
水谷の価値基準はその辺にあるらしい。
「男装の麗人が男っていうのも、シュールでいいよな」
「ていうか、一周回って、普通になってないか」
「お前なら大丈夫」
水谷は青山のもとに行くと、台本をチェックし始めた。
「この怪物と戦うシーンは、もっと痛めつけられた方が盛り上がると思うんだけど」
「そうですよね!」
青山も嬉々としている。
「ちょっと待ってください!」
大和が王子で、自分が姫、洒落にならない。
要は青くなった。
「大丈夫。遠野さんが入ると、この芝居とってもいいものになるから」
その他大勢の従者の扮装をした青山が、にっこりと微笑む。「倒錯の美」を目指す彼女の琴線にふれるものがあったようだ。
「俺も演出に加わっていい?」
「ぜひ」
盛り上がっている水谷と青山を見て、この二人は同類だ、と要は思った。
なんとなく青山のことが苦手だった理由が、分かった気がした。